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2011-06-15

第20回YOSAKOIソーラン祭り(土曜日)

今年で11回目の参加である。
これまでもたくさんのドラマや感動があった。
よさこいの良いところは衣装が毎年違うので
過去を振り返った時、いつのものかすぐに判るところだ。
震災からちょうど3ヶ月が経ち
未だ不安が残る中、あえて臨んだ今年の札幌。
ついに地方車を作ってしまった。
jikata.jpg
ひとつひとつの部品から買い集め
短い時間の中で完成した。
千葉から北海道へトラックを運ぶことはけっこう大変で
費用はもちろんたくさんの人の力と時間を要す。
金曜日朝に札幌入りした我々は
さっそく地方車組み立てをした。

物分りが良い人が多くなったと言えば聞こえがいいが
やる前からできないとか無理とか
あきらめちゃう人が多いと感じていたので
力を合わせればこんなことも出来るんだって示したかった。
そんな思いの籠った千葉産の地方車だったが
土曜日本祭当日の審査前、とんでもないハプニングが起きてしまった。

それは音響チェックをしている時
発電機のコンセントが外れてしまい
すぐさまコンセントを差し込んだことで
発電しなくなっちゃった。
最初はブレーカーをリセットすれば復活するものと思い
簡単に考えていたんだけど
そのブレーカーらしきものが見当たらない。
あらゆるスイッチやヒューズを確認してもエラー表示が消えない。
演舞前だというのに楽天舞のでんちゃんにわざわざ来てもらったが
解決しないまま地方車は待機場所へ
2008年に地方車を作った時の
ステージランナーの高橋さんにも見てもらったがダメ
直前になっても復旧することなくタイムオーバー

究極の決断を迫られた。

YOSAKOIソーラン祭りには予備車という臨時の地方車があり
高橋さんが機転を利かせ用意してくれていた。
用意された地方車はチーム名の看板もない、マイクも足りないものだった。
メンバーに申し訳ない気持ちで一杯のまま
臨時地方車は審査演舞へ…
こんな最悪な気分の時にも
メンバーは泣きながらも笑顔で迎えてくれた。
それが余計に辛かった。

soran1.jpg

演舞開始
たくさんの人達が応援してくれていた。それも辛かった。

今年の踊りで5回連続はかなりハードだと思う
3回目演舞後の給水
ほんとだったら地方車からする予定だったけど
状況が変わってしまって不安が膨らむ
正直、演舞どころではなかったが
そんな時でもみんなは戦っていた。

soran2.jpg

「支え合い」なんて奇麗事だと思っていたが
みんなの演舞はほんとうに俺を救ってくれました。

soran3.jpg

すすきの会場
なが~い一日の最後の演舞
演舞するたびに進化してゆく
見る度に演舞が違うこのチーム
完成度が低いって言っちゃそれまでだけど
良い時ばかりじゃないのが
CHIよREN北天魁の魅力だと思う。

喜怒哀楽
一日の中でこんなに浮き沈みがあった日があっただろうか・・

歌詞がかぶるのは気のせいか

ひとりきりではなにも出来なかった。
ここに来ることも
明日を迎えることも

明日は今日より暖かい



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そんな事が!

Twitterに書いてあった「ハプニング」ってこれだったのですか。(驚)
さぞやアセった事でしょう。
そこを何とかする土壇場での機転、助けてくれる仲間、万全ではないかも知れないコンディションの中、負けずに唄う歌姫、笑顔で踊るみなさん、、
まるで何かの縮図みたいです。お疲れ様でした!

北天魁ってそう言う星の下に生まれてきたチームだって思う。
チームのスタッフのみならず外部の色々な人達に支えられているんだよね。
色々な試練にもだからこそ乗り越えられるんだなって・・・
うらやましいです。
土曜日、力になれなかったけど頼りにされてたのは嬉しかったです。
そして、あのステージに踊り子として再び立つ機会を与えていただけた事に♪感謝☆(人゚∀゚*)☆感謝♪゚+。゚★感・・(ノ)゚∀゚(ヾ)・・激★゚。+゚です

そうなんです。
たくさんの人に支えられている北天魁
まさにまちの縮図です。
あの時、でんちゃんは真っ白な袴で
這いつくばってなんとかしようとしてくれていました。
その姿はまるで救命病棟24時の江口洋介のようでした。
全力をあげても救えない命もある
でも、してくれた恩は忘れません。
ありがとう
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