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2010-09-10

願い

日本は数々の戦争を経験してきました。
先の戦争(第2次世界大戦)で日本は負け、侵略戦争だったと言われています。
日本は戦争を望んでいたのか?

戦後A級戦犯として絞首刑になった東条英機総理大臣は開戦前
「外交の余地ある間に 戦争突入は 国民に申し訳がたたない」として
止むを得ざる場合は開戦する決意のもとに外交交渉を併行する と決めた。

しかし、アメリカはすでに戦争するつもりだった。
ルーズベルト大統領に課せられた任務はいかに日本側から仕掛けさせるかということだった。 
アメリカ側の意向がハル国務長官から日本へ伝えられた。日本の運命を変えた「ハルノート」である。
ハルノートには、中国大陸から一切の陸海空軍兵力及び警察力を撤退させ、大陸における
全ての権益を放棄するよう書かれていた。
日本政府は絶望した。
中国大陸にはすでに満州をはじめ、多くの日本人が生活していた。
それを残して軍隊、警察を撤退させることなど出来ない。日清、日露戦争で勝ちとった正当な権益もあった。
条件をのむことなど出来なかった。国民が納得するわけがない。
日本は明治開国以来、欧米列強の植民地化を避ける為に必死になって努力してきた。
日本は窮地に立たされた。
それでも、戦争を回避する道は残されていた。
日本が全ての権益を放棄して許しを請へばよかった。
しかし、それは戦争をしなくても 戦争に負けたと同様な悲惨な末路を意味していた。
日本にはそれができなかった。勝てる見込みなどないのは
わかっていたにも拘わらず武器を取ることを選択したのです。

軍令部総長 永野修身氏は
「戦うも亡国かも知れぬ 
だが 戦わずしての亡国は
魂までも喪失する 永久の亡国である
たとえ 一旦の亡国となるとも
最後の一兵まで戦いぬけば
我らの子孫は
この精神を受け継いで
再起三起するだろう」と語った。

1941年12月8日
日本軍はアメリカの望むとおり最初の1発をハワイ真珠湾に撃ち放った。
「礼 義 智 信」 この当時、厳しい道徳感の中で育った日本人は不正義を憎み、卑劣を嫌う
武士道を軍人魂として教育されてきました。
圧倒的な国力の違いを見せつけられながらも死を恐れず戦いぬきました。
当然、連合国にとってもこれは正義の戦いです。
戦後、連合国最高司令官のマッカーサー元帥はアメリカ上院議会で「彼らが戦争に
飛び込んで行った動機は大部分が安全保障の必要に迫られた為だった」と証言しました。
侵略戦争ではない
自存自衛の戦い それが日本の戦争理由だったとの貴重な材料になるかも知れません。

日本人が今でも、礼儀正しい人種だということを日本に訪れた外国人は知っています。
しかし、こうして暮らしていると道徳がわからない大人が増えました。

せめて、命をかけて闘った先人の思いにもっと興味を持って欲しいと思います。

大切なものはそこにあると思うよ。

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